アニメ視聴否忘失録

日々ただ消費するアニメの個人的感想帖です。

『恋は雨上がりのように』

全12話視聴完了。

良くできているのと、好みの作品かどうかは違う。多分、自分はこういう叙情的純愛物語に向いていないのだと思う。

元陸上部のエースで怪我で走ることを辞めてしまった、感情表現が下手な黒髪ロングのクールビューティー女子高生、橘あきら17歳。ファミレス店長をするバツイチ子持ちの冴えない中年男、近藤正己45歳。バイトと店長。密かに胸に抱えた恋心。

17歳と45歳は犯罪です。それが個人的第一印象。バイト先の店長と女子高生とか、なんか、最低な気しかしない。そんな偏見で見始めた。のだが、まぁ、純愛を唄っているだけあり、特にこの二人の恋に進展はしなかった。進展しなければ不純でも何でもない。いや、純愛か不純かは個人の最良にかなり任されているとは思うのだけれども、それでも子供と大人という線引きはある程度必要であると思う。それを同等の視点で恋愛と言い切ってしまう物語りに関して、個人的に大人である方の大人になれない感じにどうしてももやもやを感じてしまう。同じ年齢差でも、28歳と56歳であったならここまで嫌悪感を感じないのだろうけれども。何だろう。好みの問題。

確かに不器用ながらも店長は大人として女子高生に接していたと思う。だが、安易に家に入れたり、送ったり、デートしたり。友達と言ってみたり。かなりぎりぎりではなかったのではなかろうか。そうしないと物語りは動かないので仕方ないのかもしれないが。本作は何が書きたかったのだろう。何処目線だったのだろう。冴えない中年男に夢を与えたのだろうか。ビュアなおじさん。そんな物に夢を持ち過ぎなのではなかろうかと。そもそも、純文学を愛し、小説を書くという設定が、個人的に無理。美化し過ぎているように思えるのは、多分、私自身の問題ではあるのだけれども、本当に受け入れがたかった。

また、女子高生の若さ故の真っ直ぐな行為というなの残酷さというか。そういう考えなしの突っ走った行為が、どうしても好きになれなかった。それは橘あきらもだし、その友人の喜屋武はるかもだし。他人の気持ちを考えることなく、己の感情で突っ走る感じが凄く苦手。それは最後まで本当に理解できなかった。

尤も、本作は本当に恋愛物語りだったのだろうか。手を繋ぐも、キスもなく。ただ其々の感情に折り合いを付けるという。確かに、はっとしたりきゅんとしたりする場面はあった。だけれども、本当に物事の美しい場面だけを切り貼りしただけの薄っぺらい印象で終ってしまって。バイト先のキッチン担当のチャラい印象の大学生加瀬の存在も、あきらの恋を邪魔するかのように現れ、脅すような発言で物語りに関わってくるのかなと思わせておいて、結局は特に何もなかったり。単純に、あきらは思春期の多感な時期に良い大人に出会えて、これからの人生の糧の一つになったね。それにちょっと恋心があったのかもしれない。それだけだったように思えてならない。

と、まぁ、取り留めなく色々と不満を書いてしまったが、客観的に見ると、美しくてまとまった良い作品であったとは思う。ただ、本当に自分がこの作品に向いていない。それだけだった。

総評としては中の中。